NO!Baby Communication

太尾和子さんが珍しく憤慨していらっしゃいまして。ブログの内容を読んで、なるほどと思いました。ACをかじった人が、言葉を話し始める前の赤ちゃんと接触して親に言葉を伝えるという商売をしているらしいのです。

検証ができないからその正確性は全く分からないとか、子供の未来を果てしなく限定してしまうリスクとか、たくさんの問題を持った行為だと思います。私の心に一番強く反応したのはこんな内容。
親がBaby communicationで知らされた内容を信じこんで、その子の目的のために「ピアノの練習をさせること」に固執するあまり、本来子どもを育てていくのに一番大切なことが置き去りにされてしまうかもしれないのです。(中略)子どもたち一人一人にはもっと多様な可能性があるのです。
詳しくは太尾さんのブログをどうぞ。

私はテレパシー利用についてこんな風に考えています。

人間は言語というコミュニケーション手段を使って生きる生物です。そうである以上、人間同士は可能な限り言葉で相手に伝えるべきだと思うのです。考えただけで相手が理解して何かしてくれるような環境は、楽でしょうけれども、人をダメにする。どうすれば自分の意図が伝わるか一生懸命試行錯誤することに意義があると思うから。テレパシーでやり取りするのは死んでしまったり意識のない相手とだけでいいでしょう?

この話に限らず、自己肯定感を味わうために子供を利用するのはやめてほしいなと心底思います。

恐るべし おばあちゃんの知恵袋

2017.07.05【 現実的対処法
先日の話の続き。

最も根本的な対処へと意識が移るきっかけになったおばあちゃんの知恵袋。
すいません、実はちょっと馬鹿にしてました。お白湯とか。それが、試してみたら今までやってきた方法のどれよりも効くのです。長い時間をかけて積み重ねられた知恵をあなどってはいけませんでした。

未だかつてないひどいぎっくり腰になってしまった夫がびわの葉&こんにゃく温湿布と里芋パスタ―利用(ホメオパシー併用)により3日で治ったのが衝撃的でした。しゃがんだら立ち上がるのに15分かかっていた人が3日で生活に支障ない程度まで回復。ホメオパシー単独より速い…。

私はお腹がひどく張って痛みのあまり歩けなくなることがあります。ホメオパシーやその他によりかなり改善されて日常はほぼ支障なくなったものの、症状は完全になくなったわけではなく、年に何回かは痛むお腹を抱えます。でも食生活を変えたら頻度も程度も更に低減しました。もし症状が出てもお手当(梅醤番茶)により速やかに収束でき、非常にうれしいです。25年来の悩みでしたから。
最近は朝起き抜けのコーヒー2杯を味噌スープ1杯+コーヒー1杯にしています。味噌スープは昆布の粉末を少しに天然醸造味噌をたっぷり熱湯で溶くだけ。美味しいし、お腹の調子がとても良いです。ただし味噌の質が悪いと意味なし。

思うに、エネルギーワークを学ぶことによって私は主に魂を整え、生活そのものを整えることで主に肉体を整えてきたのだと思います。それでも届かなかった部分がおばあちゃんの知恵によって整うまでに至ったのかな。そもそも、最初にやるべきケアだったのかと。

物質的ケアとエネルギー的ケア。肉体のケアと魂のケア。多分、これが車輪の両輪なのだと思います。併用するからこそ高い相乗効果が得られるのでは。

お手当とか食養生とか大森一慧さん、若杉友子さん、東城百合子さん辺りの本がおすすめです。「食」の枠を超え、生きること暮らすことを全身で体感する人生への誘いに感じます。日本人のDNAに合った暮らし方だと思いますよ。生きることに疲れている方には特にオススメ。

うちは人間が肉と乳製品を(ごちそうとして)食べるのは年に数えるくらいですが魚はちょくちょく食べるし、甘いものも酒もNGとはしていません。

ただ玄米と調味料は完全に切り替えました。玄米で食べる分は無農薬、でも精米する分は義理もあるので親戚から農薬を使った米を買っています。塩は天日塩、味噌と醤油は天然醸造のもの。
これだけで体が変わりました。3kg痩せて浮腫み軽減(夫は5kg)。体調が崩れたときの対処もより楽になりました。それ以外は、体調を維持できる程度にほどほどでやってます。

今現在、疾患を抱えて苦しんでいるのであれば若杉友子さんの厳しさが必要だと思います。まだ余裕があるようならそこまで厳格にしなくても少しずつ試していけばいいのでは。

書いてあること100%やらなければいけないと思ったらそれはもう方法論に陥っていますから、ご注意を。できない理由を探すよりも、できる事をひとつでもふたつでも見つけて試してみればいい。興味があるならね。楽しい実験のつもりで。

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お話し会-アニマルコミュニケーションを深く追求してゆく

アニマルコミュニケーター横尾美香さんが師と仰ぐ太尾和子さんとのコラボにてお話し会を開催するそうです。その意図するところは美香さんのブログにて。

このブログでこうして紹介できるのもこれが最後かと思うと、ちょっと寂しい気もします。太尾さんも美香さんも心根の真っ直ぐな方達で、自分の持っているものを提供することで誰かの役に立つなら、誰かの成長を手助けできるなら喜んで!という精神です。

怪しげなエネルギーワークの世界へ足を踏み入れるなら、人として真っ当な(できれば人として尊敬できる)講師を選んでくださいね。その点で私はこの2人を信頼しています。

このお話し会では、アニマルコミュニケーションを学んでいる方、セミプロ、プロの方達を対象にコミュニケーターとしての倫理、動物と飼い主さんへの責任、誠実さ、完治/ヒーリング、私達自身の心のヒーリングと成長の重要性、スピリチュアルの意味などを体験談、セッションスタイル、スタンスをもとに考えていきたいと思います。
質問の時間を多く取り皆さんのご質問に二人でお答えしていきたいと思います。
多くの質問を考えてきてください~
※アニマルコミュニケーションのやり方や他の講師の方の内容などについてお答えするものではありません。

日程: 2017年9月23日(土)
時間: 10:30-16:30
定員: 16名
会費: US$75
場所: 山崎製パン企業年金基金会館 (千葉県市川市)

申し込みは太尾和子さんへ。


無理は禁物

昔から花の香りが苦手です。いや、苦手でした。今は嫌じゃなくなりましたので。
特に嫌いだったのがバラの花の香り。5年ほど前までは全く受け付けない状態でした。反対に、好きなのが柑橘系の香りやグリーン系。

ある時、精油をスピリチュアルなアプローチで学んでいる知人のモニターとして精油を選んでもらう機会がありました。4種類の精油をその人が私のために選んで配合してくれるのです。それがね、すごかったの。

選ばれたのは、バラの香り(そのもの)とバラの代替品となるそっくりな香り(名前忘れた)、そして柑橘の香り(レモンだったかな)とその代替品とされるそっくりな香り(名前忘れた)。
大嫌いな香りと大好きな香りが真っ向勝負です(笑)。香りの好みについては全く伝えてないのにこの選択か!とびっくりしたものです。多分、私にとってバラの香りは乗り越えるべき何かを象徴する香りなのでしょう。

で、何が起こったかというと、その精油ミックスを嗅いでも何も感じなくなりました。

乗り越えたと思うでしょ?違うんですよ。嗅覚がバラの香りに対して閉じてしまったのです。完全シャットアウト。それ以外は何の問題もなく認識できるのだけどバラの香りだけは一切認識できなくなりました。

どんだけ嫌だったんだ、自分(笑)。

無理に乗り越えようとしてはいかんな、と思いました。克己心は大事だけど無理やり前に進める必要はないんだなって。
その後、色んな経験を積んで自分なりの成長をしていく中でいつの間にか花の香りが嫌いではなくなりました。あれから8年経った今はバラの香りも平気。好きとまでは言えないかもしれないけど決して悪い感覚はありません。

克己心の強い私みたいなタイプは、焦らないようご注意ください。その時が来れば必要なことが起こって必要な階段が現れますから。無理して階段を作って昇らなくてもいいんです。今目の前にある現実を丁寧に生きればそれでよし。知らぬ間に階段の上にいたりします。

バラの香りが何を象徴していたのか今でも分からないけどそれはもうどうでもいい。だってちゃんと前進しているのだから。

健康と加工度のパラドックス

2015.12.30【 現実的対処法
食に関して私の中ではこういう優先順位があります。
食材そのもの>抽出物>加工品>合成品

食材そのものは言うまでもなく肉や魚や野菜、そして野草もハーブもここ。工業製品から見たら原料と言えるもの。生命力が最も残っている状態です。発酵調味料も微生物の作り出したものだからここに入れてます。
ハムスターを自然のもので育てるとなぜかにょきにょき大きくなります(笑)。
※ハムスターは伸び続ける歯を一定長さに保つため固い物をかじる必要があり、そのためにはペレットタイプのドライフードが別途必須です。

抽出物は食材から絞ったりして取り出し、濃縮したようなもの。
例えば砂糖や玉締めのごま油、漢方薬・生薬。海藻から抽出した寒天もこれですかね。手を加えた分、エネルギーは落ちるでしょうが特定の何かをたくさん必要とする場合には役立ちます。またそのままでは摂取しにくい食材が摂りやすい形になったりもします。
フラワーエッセンスやホメオパシーもここだと思いますがエネルギーを強化する手法を使っているので、エネルギー低下の心配はありません。というかこれらはエネルギーの抽出物ですね。

加工品は工業的な、合成品は化学的な加工の度合いが高い製品。
元の生命体(原料)が持っていたはずの生命力がかなり減っていると感じます。あるいは人体が解毒できない物質を含む可能性あり。これだけで生活すると体が悲鳴を上げそう。ビタミン摂るならサプリより果物食え、って感じ。
今どきの加工品は原材料に合成品を多く使っている率が高く、区別できないことがほとんど。原材料次第では食材そのものと同列に扱う場合もあり。

ドッグフードは加工品かな。インスタントラーメン(の汁)やバランス栄養食(カロリーメイト等)は加工品であるものの材料に合成品を使っているので、合成品寄りの加工品という認識。ドッグフードも合成品寄りか。
ビタミン錠剤や先の記事で書いたデキストリンは合成品。西洋医薬も合成品。溶媒抽出したごま油は抽出品なのだけど化学的手法で抽出しており、溶媒がごく微量残っているはずなのでこっち寄り。

で、思いました。食材だけで体を適切な状態に維持できるのは健康な個体だけじゃないかと。
何らかの疾患・不具合を抱えている個体は少なくとも抽出物を利用して、もっと深刻なら合成品である西洋医薬を利用して症状をコントロールしなければ生活の質は保てません。健康を考えるからこそ自然にあるもので暮らしたいのに、バランスが崩れすぎていてコントロールには加工したものが必要。なんだかとっても逆説的。でもそれが現実。

私ね、西洋医学を否定する気はないのですよ。だってそれが発展したのはなぜかと言えば、東洋医学や自然療法だけでは対処できない疾患があったからなわけで、必要性は十分あったわけです。だから適材適所で使いわければいいと思うんですよね。

ただ、食に関しては加工品・合成品を主として暮らしていると食べ物から得られるエネルギーはかなり不足すると思います。栄養素の吸収率も自然の物より劣ります。それは生命力、自然治癒力の低下につながります。医療であっても何かが置いてけぼりを食います。

バランスって大事。あまりに偏った思考と行動は健康とは違う方向へ向くと思います。使えるものは使いながら、ほどほどに暮らすのがいいんじゃないですかね。最初は加工した品が必要であっても変わっていくかもしれませんから。

富士のヒーリングサロン開店

私の大好きな「変なおじちゃん」・たけちゃんがヒーリングサロンを開きました。HP見てびっくりですよ。プロっぽい!まるでお店!って。←いや、本気のお店なんです
ソンレイル富士店

卓球部のページがあるところがたけちゃんです。卓球LOVEな人なんで。参拝フェチでもあり、神社仏閣その他パワースポットの案内もしてくれるようです。

私、エネルギーワーク(特にレイキ)をする男性は苦手なタイプがほとんどでした。権威を好む人が多くてね…。話していてうんざりしてくるの。でもたけちゃんは違います。煩悩より「愛♪」が前面に出てきてしまって(?)、何だか動物と人間の中間みたいな感じ。人じゃないのかも(笑)。
清水店の青木さんも知ってますがこちらも真っ直ぐなお方。

エネルギーワークを受けるなら人として「いいな」と思える人から受けてください。プラクティショナーの在り方を差し置いて技術優先で受けても身になりません。というか不快な気分が残ってしまっては逆効果ですから。パワフルさだけを強調するヒーリングも勧めません。

もちろんここで紹介するのは今の私がいいと思う人であって、それが他人に合うとは限りませんからその辺は自分でチェックしてくださいませ。

ポンコツな体を脱ぎ捨てるとき

そこそこポンコツな家電の面々と付き合いながらふと思うのです。「これ、買い替えたら新しくなってすっきりするだろうなぁ」と。実用性に問題はないので買い替えませんが…。でも不調な家電を新調すると心のつっかえがなくなって気持ちいいですよね。

そこで思いました。もしかして死ぬときってそんな感じ?

ACと関わる中で「ボロボロになった肉体を脱ぎ捨て軽やかに楽しそうに舞う動物の姿」というイメージを見聞きすることがありました。これって、そういう感じなのかなと思いました。

彼らは時に、本来の寿命を延長してでも飼い主のために頑張ってくれたりします。もう体は限界を超えているのに「もう2~3日ここにいる」と踏ん張ってくれることもあります。飼い主のために。
ほとんど何も口にしないのに生きているのを見て「どうしてこのコは生きていられるんだろう」と思うことがありましたが要は、体はもう物質的エネルギーを必要としておらず(役目を終えている)、魂がそこに残るためのエネルギーが少しだけ必要なのでは。

まさにボロボロな体。そこから脱け出したら爽快でしょうね。すごく楽になると思います。

自分が死ぬ時もきっとこんな感じなんだろうな。夫に「もし私が先に死んだらお水取りは水じゃなくて酒にしてくれ。アルコール度数は35度以上厳守、ただしウイスキーは不可(←若かりし頃飲みすぎて痛い目に遭った)」とか言っていたらなんだか楽しくなってきました。死ぬってそう悪いことじゃない。遺される者は寂しいし悲しいけど。悪いことじゃない。

死のとらえ方がまた少し変わった気がします。

なーんて言っていながら、きっと桜でんぶ(仮名)が死んでしまったら辛くて悲しくてたまらないでしょうけどね(^^;