NO!Baby Communication

太尾和子さんが珍しく憤慨していらっしゃいまして。ブログの内容を読んで、なるほどと思いました。ACをかじった人が、言葉を話し始める前の赤ちゃんと接触して親に言葉を伝えるという商売をしているらしいのです。

検証ができないからその正確性は全く分からないとか、子供の未来を果てしなく限定してしまうリスクとか、たくさんの問題を持った行為だと思います。私の心に一番強く反応したのはこんな内容。
親がBaby communicationで知らされた内容を信じこんで、その子の目的のために「ピアノの練習をさせること」に固執するあまり、本来子どもを育てていくのに一番大切なことが置き去りにされてしまうかもしれないのです。(中略)子どもたち一人一人にはもっと多様な可能性があるのです。
詳しくは太尾さんのブログをどうぞ。

私はテレパシー利用についてこんな風に考えています。

人間は言語というコミュニケーション手段を使って生きる生物です。そうである以上、人間同士は可能な限り言葉で相手に伝えるべきだと思うのです。考えただけで相手が理解して何かしてくれるような環境は、楽でしょうけれども、人をダメにする。どうすれば自分の意図が伝わるか一生懸命試行錯誤することに意義があると思うから。テレパシーでやり取りするのは死んでしまったり意識のない相手とだけでいいでしょう?

この話に限らず、自己肯定感を味わうために子供を利用するのはやめてほしいなと心底思います。

抵抗バンザイ

2017.07.13【 人生を歩こう
何かやりたいと思った時、すんなりとはいかないことがあります。その時こそが自分に問う絶好の機会だと思うのです。
「自分は本当にこれをやりたいのか」
「誰かの反対を押し切ってでも、面倒を乗り越えてでも、やりたい気持ちがあるのか」

抵抗の強さ大きさには様々あって、もちろん自分の力ではどうにもならないような強大な力の場合もあります。それでも、進むか退くかを決めるのは自分。突進してみるも良し、一旦退いて再度チャンスを狙うも良し、「そこまでしてやりたいわけじゃなかったんだ」と気付いて本当にやりたいことへ進むのも良し。

より強くしなやかに生きていくトレーニングだと思うのですよ。抵抗があってこそ、人は成長するのでは。

逆に、何でも与えてくれる・やってくれる人のそばにいたら人間はダメになります。さほどではない興味であっても「ほら」と全て整えて与えられるような環境にあったら、できる子もできなくなりますって。時と場所と相手を選ばず先回りして与える人は他人をダメにする。世話好きな人はその辺よく考えてほしいなと、自分の姉を見ながら思います。

ちょっと話違うけど、今の日本社会って、ベッタベタに同調するか、存在することすら許さない程否定するかのどちらかに感じます。暮らしていて非常に心地悪い。

夫が定年退職したら国内の別の場所へ移住しようと考えていますが、最近は日本にげんなりすることが増えてきて、海外へ出ようかなとも思い始めました。

好奇心を大切に

2017.07.08【 人生を歩こう
「やってみたい」と「やりたい」は違うと思います。
「やりたい」はその事柄を知っている、またはポジティブな確信を持っている時に出る言葉。
「やってみたい」はそれがどんなものか分からないけど興味を惹かれるから試してみたい時に出る言葉。

私は「やってみたい」を大切にしています。
それは未知の世界へ足を踏み入れることだから。それだけのエネルギーが自分の中にあるということだから。

やってみて、それで満足したり合わなければそこで止めればいいし、良さそうなら続けてみればいい。実際に行動して試してみなけりゃ分からない事、人生には山ほどありますがな。

心が疲れてくると好奇心が減っていきます。私は好奇心の強弱で自分の心の状態を判断しております。何を見ても聞いても「面白そう」「なんだ、これ♪」と思わなくなったら要注意。ケアが必要。過去にはそういう時期もありました。

また、桜でんぶ(仮名)は初めての物事に対して非常に神経質でした。未知のものに対し、好奇心より不安や恐怖心の方が強かったようです。うちに来て少しずつ感情を解放していく中で、今では好奇心が先に立つようになりました。

もちろん今でも繊細過ぎる面は往々にしてありますし、怖がりでもあります。それでも不安より好奇心が勝る暮らしは楽しいだろうと思います。

汚れていないから汚れを汚れと認識できる

2017.07.07【 人生を歩こう
尼僧の青山俊董さんという方の本を読んでいます。その中で、昔の自分が読んだら少しだけ楽になれたかもしれないなと思う言葉がありました。
汚れっちまった悲しみに、の詩を紹介した後で
汚れていない「もう一人の私」が了々と目ざめているからこそ、中原中也のこの詩があるのです。汚れを汚れと知り、汚れを悲しむことができるということは、垢づかぬ澄んだ「もう一人の私」が目ざめ、大きく育っている証拠です。

魂が汚れていたら自分の汚れに気付かないでしょう。そう考えたら、汚れた自分も、それを汚れと認識して嫌悪する自分もどちらも大切で価値のある存在に感じます。

かつて私は自分自身を嫌悪していました。今でも好きとは言えないかもしれないけれども、少なくとも嫌いではないし(たまにげんなりするけど)、時々自分にクスッとすることもあります。悪くないね、意外といいんじゃないのって感じ。
自分以上に嫌だったのが自分の中を流れる血で、激しく嫌悪していました。そちらも今は嫌悪感はありません。肉親にやはりうんざりすることはありますがそれはそれと受け入れています。

自分をも自分のルーツをも嫌悪していた頃の私には、上記の言葉はきっと役に立っただろうなと思うのです。

ただ、その時の私には友達の言葉がありました。
「体は遺伝しても、魂は遺伝しないよ。両親とは全くの別物」
これでどれだけ救われたことでしょう。

同じような方の心をすくい取ってくれるかもしれない1冊です。苦しみもがく人に対し、苦悩を受け入れる、というレベルで止まることなく、それを好転のエネルギーに転化するにはどうすればいいのかまで伝えようとしてくれています。

引用されていたホイットマンの詩。こんな風に年を取りたいな。
女あり 二人ゆく
若きはうるわし
老いたるは なおうるわし

方法論に陥らないためには本質をつかむこと

2017.07.06【 人生を歩こう
ホメオパシーにしてもACにしてもお手当・食養生にしても、何も考えずに書かれていることに従うだけだと方法論に陥ります。脳ミソ硬化状態でマニュアル通りの対応しかできなくなります。それってAI(人工知能)以下ですよ。

大事なのは、なぜそう書いてあるのか、何を根拠にそう判断しているのか、その意図するところは、一体何をどうしようとしているのか、それを考えながらやること。
やらずに考えるだけは×。それだと理屈を言うだけで行動しない人になっちゃうから。やりながら考えるべし。

書いてあることが全て正しいと思うのもどうかなと思います。だって、時代が変われば人間を取り巻く環境も変わるのだからそのケア方法だって変わってくる部分はあるでしょう。ホメオパシーでさえ、今よりシンプルな暮らしをしていた時代に確立されたクラシカルスタイルから、現代人のためのより複雑な手法が派生しているのだから。「絶対」なんて無い。

そうやって本質をつかんでいけば、書かれているのと違う状況に出くわしてもベターな選択ができると思います。何が重要か、何を優先すべきかを認識していればね。

恐るべし おばあちゃんの知恵袋

2017.07.05【 現実的対処法
先日の話の続き。

最も根本的な対処へと意識が移るきっかけになったおばあちゃんの知恵袋。
すいません、実はちょっと馬鹿にしてました。お白湯とか。それが、試してみたら今までやってきた方法のどれよりも効くのです。長い時間をかけて積み重ねられた知恵をあなどってはいけませんでした。

未だかつてないひどいぎっくり腰になってしまった夫がびわの葉&こんにゃく温湿布と里芋パスタ―利用(ホメオパシー併用)により3日で治ったのが衝撃的でした。しゃがんだら立ち上がるのに15分かかっていた人が3日で生活に支障ない程度まで回復。ホメオパシー単独より速い…。

私はお腹がひどく張って痛みのあまり歩けなくなることがあります。ホメオパシーやその他によりかなり改善されて日常はほぼ支障なくなったものの、症状は完全になくなったわけではなく、年に何回かは痛むお腹を抱えます。でも食生活を変えたら頻度も程度も更に低減しました。もし症状が出てもお手当(梅醤番茶)により速やかに収束でき、非常にうれしいです。25年来の悩みでしたから。
最近は朝起き抜けのコーヒー2杯を味噌スープ1杯+コーヒー1杯にしています。味噌スープは昆布の粉末を少しに天然醸造味噌をたっぷり熱湯で溶くだけ。美味しいし、お腹の調子がとても良いです。ただし味噌の質が悪いと意味なし。

思うに、エネルギーワークを学ぶことによって私は主に魂を整え、生活そのものを整えることで主に肉体を整えてきたのだと思います。それでも届かなかった部分がおばあちゃんの知恵によって整うまでに至ったのかな。そもそも、最初にやるべきケアだったのかと。

物質的ケアとエネルギー的ケア。肉体のケアと魂のケア。多分、これが車輪の両輪なのだと思います。併用するからこそ高い相乗効果が得られるのでは。

お手当とか食養生とか大森一慧さん、若杉友子さん、東城百合子さん辺りの本がおすすめです。「食」の枠を超え、生きること暮らすことを全身で体感する人生への誘いに感じます。日本人のDNAに合った暮らし方だと思いますよ。生きることに疲れている方には特にオススメ。

うちは人間が肉と乳製品を(ごちそうとして)食べるのは年に数えるくらいですが魚はちょくちょく食べるし、甘いものも酒もNGとはしていません。

ただ玄米と調味料は完全に切り替えました。玄米で食べる分は無農薬、でも精米する分は義理もあるので親戚から農薬を使った米を買っています。塩は天日塩、味噌と醤油は天然醸造のもの。
これだけで体が変わりました。3kg痩せて浮腫み軽減(夫は5kg)。体調が崩れたときの対処もより楽になりました。それ以外は、体調を維持できる程度にほどほどでやってます。

今現在、疾患を抱えて苦しんでいるのであれば若杉友子さんの厳しさが必要だと思います。まだ余裕があるようならそこまで厳格にしなくても少しずつ試していけばいいのでは。

書いてあること100%やらなければいけないと思ったらそれはもう方法論に陥っていますから、ご注意を。できない理由を探すよりも、できる事をひとつでもふたつでも見つけて試してみればいい。興味があるならね。楽しい実験のつもりで。

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お話し会-アニマルコミュニケーションを深く追求してゆく

アニマルコミュニケーター横尾美香さんが師と仰ぐ太尾和子さんとのコラボにてお話し会を開催するそうです。その意図するところは美香さんのブログにて。

このブログでこうして紹介できるのもこれが最後かと思うと、ちょっと寂しい気もします。太尾さんも美香さんも心根の真っ直ぐな方達で、自分の持っているものを提供することで誰かの役に立つなら、誰かの成長を手助けできるなら喜んで!という精神です。

怪しげなエネルギーワークの世界へ足を踏み入れるなら、人として真っ当な(できれば人として尊敬できる)講師を選んでくださいね。その点で私はこの2人を信頼しています。

このお話し会では、アニマルコミュニケーションを学んでいる方、セミプロ、プロの方達を対象にコミュニケーターとしての倫理、動物と飼い主さんへの責任、誠実さ、完治/ヒーリング、私達自身の心のヒーリングと成長の重要性、スピリチュアルの意味などを体験談、セッションスタイル、スタンスをもとに考えていきたいと思います。
質問の時間を多く取り皆さんのご質問に二人でお答えしていきたいと思います。
多くの質問を考えてきてください~
※アニマルコミュニケーションのやり方や他の講師の方の内容などについてお答えするものではありません。

日程: 2017年9月23日(土)
時間: 10:30-16:30
定員: 16名
会費: US$75
場所: 山崎製パン企業年金基金会館 (千葉県市川市)

申し込みは太尾和子さんへ。